その誤用、ぜんぜんOK。 ~国語・言葉の市民権~

打ち上げられるなんて。うお~、まさかな。
こんにちは。フィロソフィア柏尾教室総務の細川です。
昨日は、文化庁の国語世論調査から「誤用されやすい日本語」をご紹介しました。
👉昨日の記事「にやけて」ますか? ~国語・正しい意味について~」はこちら
「語彙力(ごいりょく)」という言葉があります。
ボキャブラリー、と英語で言ったりしますね。
この「語彙力」は、国語力の土台になります。
言葉を多く・正しく知っていると、一気に文章が読みやすくなり、そして自分の考えも表現もしやすくなってきますよ。
今日は、昨日の続きとして、「本来は誤用とされてきたのに、いまは辞書にも載っている言葉」について、お話ししてみます。
📝全然(ぜんぜん)
もともとは、否定の表現とセットで使う言葉でした。
「全然わからない」「全然できない」などが本来の形です。
ところが、いまでは「全然大丈夫」「全然平気」といった肯定での使いかたも広く使われています。
正直、私も全然使います。
この用法は長らく「誤用」とされてきましたが、現在は辞書でも肯定用法が記載されています。
📝確信犯(かくしんはん)
本来は「政治的・宗教的な信念にもとづいて行う犯罪」の意味でした。つまり、そもそも悪だとは思っていなくて、「私は正しいことをしているんだ」と思ってやる行為、ということですね。
しかし、世の中では「悪いとわかっていながらやる」「わざとやる」といった意味で使われることが多くなりました。
その結果、辞書では本来の意味とともに、最近は、「広まった意味」(こういう意味でも使われますよ、という立ち位置)で併記されるようになっています。
📝失笑(しっしょう)
「思わず笑い出すこと」が本来の意味です。
でも、日常会話では「あきれて笑う」「ばかにして笑う」という意味で使われることが広まりました。
この使いかたも現在では辞書に載っており、二つの意味が共存しています。
📝憮然(ぶぜん)
そもそもは「失望してぼんやりしている」という意味でした。
ですが、実際には「不満そうにする」「怒っている様子」で使われることが増えました。
この意味も辞書に取り入れられ、いまではどちらの解釈も可能になっています。
📝他力本願(たりきほんがん)
仏教用語では「阿弥陀仏の力によって救われる」という意味でした。
しかし現代では「人任せ」「自分でやらず他人に頼る」といった意味で使われます。
というか、もはや、本来の意味で使っている人はなかなか見かけないですよね。笑
元の意味とは違うわけですが、この俗用も辞書で無視できないほど、むしろこっちのほうが定着しています。
📝微妙(びみょう)
本来は「趣があって奥深い」「言葉では表現しにくい」など、ポジティブなニュアンスが中心でした。
ところが今では「どちらとも言えない」「あまりよくない」という意味で使われることが増えています。
「この服、なんか微妙だな、、、」のように言いますよね。
この現代的なニュアンスも、辞書に収録されています。
✍️まとめに
言葉は生き物のように変化していきます。
本来の意味と、社会に広まった意味、その両方が辞書に載るようになったケースは意外と多いのです。
学習としては「辞書的な意味=テストで問われる意味」をまず押さえる必要があります。
でも、日常生活では「誤用から定着した新しい意味」も知っておいたほうが、コミュニケーションでは自然だったりもしますよね。
「あいつは他力本願だよな~」なんて言ったら、多くの人には悪口として聴こえちゃいますからね。
言葉の二面性を知っていると、会話や文章に厚みが出ますし、なにより「言葉って面白いな」と感じられるはずです。
📖 今日のお話のまとめ
今日は、「間違って使われた言葉が辞書に載ってくる現象」についてお話ししました。
国語の学習も、少し深堀りしてみると面白いし、インパクトが強いために忘れにくくなるので、やってみてくださいね!
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