子どもにかける「期待」について ②期待は毒にも薬にもなる

2025年12月21日

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期待は、毒にも薬にもなる。取り扱い注意!

 

こんにちは。戸塚区柏尾町の学習塾、フィロソフィア柏尾教室塾長の水落です。

前回は、「誰もが、つい期待してしまう」と題して、どうしても持ちがちな、そして言葉としてかけがちな「子どもへの過大な期待」の副作用についてお話ししました。

前回の記事は👉こちら

今回は、この前回お話しした内容をふまえて、「期待は『毒にも薬にもなる』」というテーマで書いてみようと思います。

「毒にも薬にもならない」という言い方があります。
「害はないけれど、役にも立たない」という意味です。

けれど、期待はそういう空気のような存在ではありません。人は、誰かと関係を結ぶかぎり、良くも悪くも何かを期待してしまうものです。

期待は人を前に進ませる力になります。
「自分の努力を誰かが見ていてくれている」と感じられると、モチベーションが高まるものです。

一方で、期待はときに重荷にもなります。
期待があまりにも過大だったり、逃げ場がなかったりすると、人はそれに押し潰されてしまいます。

期待は、背中を押してくれるものになることもあれば、後ろから突き飛ばしてくるものにもなりうるのです。

ここで、少し変わった話をしてみます。

古代ギリシャ語の言葉

古代ギリシャ語に pharmakon(ファルマコン) という言葉があります。
これは、<「薬」であると同時に、「毒」にもなりうるもの>を指します。
つまり、同じ「薬」でも、使い方次第で人を助けもすれば、傷つけもする、というわけです。

また、近い言葉に pharmakeia(パルマケイア) というものもあります。
ざっくり言うと「薬を扱うこと」という意味ですが、文脈によっては、治療だけでなく、毒を扱うことや、薬を使った呪術のような行為を意味することもあります。
良いものと危ういものが、そのなかで混ざっているような言葉なのです。

プラトン(古代ギリシアを代表する哲学者)が書いた『パイドロス』という本には、文字の発明をめぐる有名な神話が出てきます。

発明の神は、「文字は記憶と知恵の助けになります」と言って文字を差し出します。
ところが王様は、「たしかに便利だが、それに頼りすぎると、自分の頭で覚える力が弱くなるかもしれない」と警告します。

文字は、人間を助ける道具であるとともに、人間の力を弱めてしまう可能性もある。
つまり文字もまた、使い方次第で薬にも毒にもなる、まさにファルマコン的な存在だ、
というわけです。

 

期待にも、「ファルマコン」によく似たところがある

さて、ここからが本題です。

私は、期待にも、このファルマコンとよく似たところがあると思うのです。

期待は、人を育てる薬にもなりますが、用法用量を間違えれば、相手の心をしんどくさせる毒にもなってしまうからです。

(最近話題のAIなんかも、かなりファルマコンっぽいなあと思います。)

以前書いた、AIについての記事は
「AI時代に一番勉強すべき科目は?(前編)」は👉こちら
「AI時代に一番勉強すべき科目は?(後編)」は👉こちら

その境目になりやすいのが、
期待の「量」
期待の「由来」
期待の「表れ方」

です。

同じ期待でも、どれくらいの強さで、誰の不安や願いに端を発するもので、どんな言葉で伝えられているかによって、相手に与える影響は大きく変わります。

次回は、家庭や塾で実際によく起きる場面を思い浮かべながら、そんな期待が
「薬」になるとき
「毒」に近づいてしまうとき
の違い
について、もう少し具体的に考えてみたいと思います。

次回もぜひ読んでみてくださいね。


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