舞岡に残る“戦争の跡” 〜社会・舞岡熊之堂遺跡の話〜

舞岡に残る「戦争の跡」を知っていますか?
こんにちは!教室長の相澤です。
みなさんは、私たちの近所・舞岡に「80年前の戦争の跡」が残っていることをご存じですか?
ふだん通っている道や見慣れた丘の上に、実は歴史的に大切な場所が隠れていることがあります。
💡 「近くにどんな歴史があるんだろう?」
💡 「教科書で習ったことって、自分の住む町ともつながっているのかな?」
そんなことを意識してみると、歴史はただの暗記科目ではなく、自分ごととして感じられるはずです。
いろいろな時代の跡が眠る舞岡熊之堂遺跡
この遺跡からは、なんと 縄文時代の集落跡、弥生時代の環濠集落、中世から近世の道跡 など、長い歴史の痕跡が見つかっています。
その中でも特に注目されているのが、太平洋戦争末期の「照空隊(しょうくうたい)陣地跡」 です。
照空隊とは?
歴史の授業で「空襲」という言葉を聞いたことがあると思います。
戦争の末期、日本の都市は空からの攻撃を受けました。横浜も例外ではなく、大きな被害を受けています。
照空隊は、夜にやって来る爆撃機を見つけるために、サーチライトで空を照らす役割を持つ部隊。
舞岡の丘の上に、実際にそのための陣地が置かれていたのです。
動画で体感!
横浜市ふるさと歴史財団は、この照空隊跡を紹介する 3DCG動画 を公開しています。
空から撮った映像や地図を使った解説があり、まるで現地に行ったかのような迫力です。
👉 詳しくはこちら:
舞岡熊之堂遺跡紹介(PR TIMES記事)
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(参考)動画のキャプチャ画像


身近にあるからこそ考えたい
「戦争」と聞くと遠い出来事のように思えるかもしれません。
でも、教科書に出てくる出来事が、自分たちの身近な土地で起きていた と知ると、歴史がぐっと近くに感じられます。
もし自分がその時代に生きていたらどうだったんだろう?
そんなふうに想像してみると、より深く歴史を学べるかもしれませんね。
まとめ
今日は、舞岡に残る戦争の跡「照空隊陣地跡」についてご紹介しました。
身近な土地にも歴史のドラマが刻まれていることを知ると、歴史がもっと面白く感じられると思います。
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