子どもにかける「期待」について ①誰もが、つい期待してしまう
大切だからこそ、過剰な期待を投げかけてしまう
こんにちは。戸塚区柏尾町の学習塾、フィロソフィア柏尾教室塾長の水落です。
今日からシリーズで、「期待」についてお話ししていきます。
「期待」というのは、使いかたや使う量によって、毒にも薬にもなる。
そんな期待の特徴と、教育における扱いかたを知ることで、子どものプレッシャーやストレスを軽減し、モチベーションを高めることができます。
まず初回は、「誰もが、つい期待してしまう」というテーマで、書いてみたいと思います。
うちの塾では、年に二回、「面談期間」というものを設けています。
保護者・講師・生徒の三者で集まり、30分から60分ほど、ふだんの勉強への取り組みについてじっくり話し合います。
面談を行う目的は、大きく分けて三つあります。
①塾での様子を保護者の方にお伝えすること
どんなふうに頑張っているか、どんなところで進歩したかを共有したいからです。
②ご家庭での様子を教えていただくこと
お話を伺っているうちに、保護者の方がその子をどう見ているのかが自然と見えてきます。
③今後のことについて話すこと
現在を未来との関係において位置づけることは、勉強で成果を出していく上でとても大切です。
※関連記事(進路についてのシリーズ)
「進路はどう決める?① ~進路選択・将来のこと~」は👉こちら(フィロソフィア柏尾教室 公式HP)
「正解のない決断の時期 —— 学生時代をどう過ごすか①」は👉こちら(フィロソフィア柏尾教室 公式HP)
面談をしていていつも感じるのは、親子関係というのは、ご家庭によって本当にまったく違うということです。
実際に顔を合わせて話していると、「この子はお母さん・お父さんと家でどんなふうに過ごしているのだろう」と、いろいろ想像が働きます。
保護者の方と一緒にいるときの子どもの様子を見ていると、「この子は家でも楽しい時間を過ごしているのだろうな」と感じることがよくあります。
幼い子どもがそうした時間を過ごせるように努めることは、その子の面倒を見る立場にある大人にとって、ある種の義務と言ってもいいのではないかとさえ、わたしは感じています(ここは人によって意見がわかれるところかもしれません)。
一般論として、人は他人にいろいろ期待してしまうものです。
多くの場合それは、「良い方向に向かってほしい」という善意から来ています。
もし誰かに「あなたにはまったく期待していない」と言われたとしたら、それは「あなたと関係を築くつもりがない」「関わってほしくない」という意味に近いでしょう。
人が誰かに期待するのは、その人が自分にとって意味のある存在だからです。何も期待できない人間関係は、どこか空虚なものになってしまいます。
だからといって、「期待するだけ期待しまくればいいのか」というと、そう単純でもないとわたしは思います。
わたし自身、生徒に対して大いに期待してしまいがちです。そしてそのことで、生徒から「それがプレッシャーになってしんどい」と言われることも少なくありません。
期待は自然に生まれてしまうものですが、期待される側にとっては重荷にもなります。
特に期待が過大なとき、相手は心に常に大きな荷物を背負わされているような状態になってしまいます。
期待は、誰もがしてしまうものです。でも手放しにすばらしいものではありません。
そして、近い相手であればあるほど、関係が密であればあるほど、期待は強くなりがちです。
だからこそ、
「自分はこの人に、どんな期待をしているだろう」
「自分はこの人に何を求めていて、そこから何を得ようとしているのだろう」
と立ち止まって自省することは、人を指導する立場に立つ者にとって、とても重要なことだと思います。
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次回は、「期待は毒にも薬にもなる」というお話です。
期待は、使いようによって、いい方向に作用することもあれば、悪い方向に作用してしまうこともある。
それを認識するために、期待の性質について、過去の偉人の言葉も紹介しながらお伝えします。
お楽しみに!